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オオハシの競馬者日記
ーケイバライフ!出張版ー


オオハシが競馬に関する日々是雑感を綴ります。


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  • 自己紹介: マイシンザンという馬に恋焦がれて15年。2006年にやっとこさ間近で見られました。それどころか、挙句にはマイシンザンに跨らせてもらうという暴挙も達成(^^;)。まだまだ若輩者ですがどうぞよろしくお願い致します。

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2012年01月28日

忘れえぬ馬々(其の壱)-ワンダーパヒューム(1992.3.7)-【オオハシ】


ワンダーパヒューム 牝 鹿毛 1992.3.7生~1996.1.28没 浦河・信岡牧場生産 馬主・山本信行氏 栗東・領家政蔵厩舎


ワンダーパヒューム(1992.3.7)の4代血統表
フォティテン
黒鹿毛 1984.2.22
Nureyev
鹿毛 1977.5.2
Northern Dancer
鹿毛 1961.5.27
Nearctic 1954.2.11
Natalma 1957.3.26
Special
鹿毛 1969.3.28
Forli 1963.8.10
Thong 1964.4.23
Dry Fly
鹿毛 1977.5.8
★Mill Reef
鹿毛 1968.2.23
Never Bend 1960.3.15
Milan Mill 1962.2.10
Gay Missile
鹿毛 1967.3.27
Sir Gaylord 1959.2.12
Missy Baba 1958.5.13
ラブリースター
鹿毛 1979.5.3
トウショウボーイ
鹿毛 1973.4.15
テスコボーイ
黒鹿毛 1963
Princely Gift 1951
Suncourt 1952
ソシアルバターフライ
鹿毛 1957.4.13
Your Host 1947
Wisteria 1948
グッドサファイア
鹿毛 1971.3.14
ロムルス
鹿毛 1959
Ribot 1952.2.27
Arietta 1953
クラックリュウ
鹿毛 1958.4.11
ヒンドスタン 1946
フレーミングフアイア 1946

<5代血統表内のクロス:Nasrullah5×5>


ワンダーパヒューム(1992.3.7)の4代血統構成と牝系について
母父 祖母父 曾祖母父
フォティテン
(Nureyev系)
トウショウボーイ
(Princely Gift系)
ロムルス
(Ribot系)
ヒンドスタン
(Bois Roussel系)
牝系 母の何番仔?
母が重賞2勝馬
(No.10-a フレーミングフアイア系)
5番仔
(2連産目)

*


第55回桜花賞(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 18 ワンダーパヒューム 牝3 55 田原成貴 1:34.4    35.8 472
[+2]
領家政蔵 7
2 17 ダンスパートナー 牝3 55 武豊 1:34.4 クビ 35.3 424
[+2]
白井寿昭 3
3 13 プライムステージ 牝3 55 岡部幸雄 1:34.4 アタマ 35.6 420
[-4]
伊藤雄二 2
4 6 ライデンリーダー 牝3 55 安藤勝己 1:34.7 1.3/4 35.7 448
[0]
荒川友司 1
5 11 ユウキビバーチェ 牝3 55 松永幹夫 1:34.9 1.1/4 36.1 462
[+6]
新井仁 4

1995年の桜花賞は、その年の1月17日に起きた阪神大震災により京都競馬場で行われました。薄曇り、雨中の決戦となったレースは、桃色の覆面をつけた7番人気の1勝馬ワンダーパヒュームが、桃色の帽子と「桃、白菱山形」の勝負服を身にまとったテン乗りの田原成貴騎手を鞍上に、しぶとい差し脚を見せて桜の女王となりました。1勝馬の桜花賞勝利は「新馬戦で日本レコード」ハギノトップレディ(1977.4.4)以来15年ぶり、JRA史上2頭目でした。ワンダーパヒュームの鞍上田原騎手はダイアナソロン(1981.3.18)、マックスビューティ(1984.5.3)についで桜花賞3勝目。管理された領家政蔵調教師にとってはGI初制覇でした。オーナーの山本信行氏は1972年のアチーブスター(1969.4.15)以来となる桜花賞2勝目。生産者は浦河・信岡牧場。開場35年目のクラシック初制覇でした。また、藤井美津子厩務員は女性2人目の「GI馬の厩務員」となられました。


母ラブリースターはその父トウショウボーイの初年度産駒となり、金鯱賞(現GII)、北九州記念(現GIII)など6勝を挙げました。母の所属も同じく領家厩舎で、主戦騎手も同じく田原騎手でした。実は領家厩舎にとっては、ラブリースターの北九州記念以来12年ぶりのJRA重賞勝ちが、ワンダーパヒュームの桜花賞なのでした。ラブリースターにとってワンダーパヒュームは5番仔となり、後に9番仔としてスプリングS(GII)の勝ち馬にしてワンダーパヒュームの全弟となるワンダーファング(1996.3.11)も輩出しました。


*


ワンダーパヒュームは、桜花賞の後のオークス(GI)を「何故か7番人気」で3着、秋に入りローズS(GII)を4着、母が3着したエリザベス女王杯(GI)を16着惨敗、暮れの阪神牝馬特別(現阪神牝馬S、GII)は10着と精彩を欠きました。そして、明けた1996年の緒戦として選んだ京都牝馬特別(現京都牝馬S、GIII)。


その前週に京都競馬場へ行った私は、ワンダーパヒュームのぬいぐるみを買って帰りました。「桜の女王、もうひと花咲かせて」とハッパをかける意味もこめて、桃色の覆面を付けたワンダーパヒュームのぬいぐるみを買って帰りました。


淀の芝外回り1600m。桜の女王の栄光をつかんだ第3コーナーの坂越え芝1600m。その思い出のコースが、彼女の馬生の幕引きの舞台になってしまうとは。TVでレースを観戦していた私は、第3コーナーで競走を中止した彼女の立ち姿を見て、「しっかり立ってるから、大丈夫やろう」と思っていたのです。


けれど。


翌日のスポーツ新聞を見ると、信じられない文字が記されていました。「ワンダーパヒューム、安楽死」。第55代桜花賞馬の生涯は、わずかに満3年と10ヶ月を以て閉じられてしまったのでした。


咲いては散り行く花の命。短い命だからこそ、美しく見えるのでしょう。儚い命だからこそ、尊く感じるのでしょう。わかっています。でも、別れて行くには早すぎたよ、ワンダーパヒューム。今度は新しい樹となって、次代の花を産み出していくはずだったのに。だけど、それは叶わぬ夢。わかっています。


だから。


あなたのこと、一生忘れないようにします。


  


では、以上オオハシでした。これから走る馬、人すべてが無事でありますように。


*


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投稿: オオハシ  日時: 2012年01月28日 22:22
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