2009年10月23日
競馬と菊花賞が変貌したとき【blandford】
今年の菊花賞の分析に関する記事をいくつかか書きましたが、その結果、現在3頭が単勝候補として残っております。なおそれらの記事は、こちらから見ていただくと一式が芋ヅル式に表示されます。
現在までの、菊花賞単勝候補
■セイクリッドバレー
■ナカヤマフェスタ
■ヤマニンウイスカー
さてそれで、どうしてももう一頭、絞りたいわけです。この3頭の単勝を買うのも悪くはないんだけど、せめて、金額配分を5:4:1ぐらいにできる程度には絞りたい。
んで、過去50年の菊花賞を調べてみて、なかなか面白い事実に気付きました。
それは、「1982年ホリスキーが勝った年をきっかけに、菊花賞ががらりと変わった」ということなのです。
いや、菊花賞が変わったというより、競馬そのものが変わったんですね。その年ぐらいから。
ホリスキーの翌年は、ミスターシービーの年。
こういうと、オールドファンの中には「ははあ確かに」と思われる方がいらっしゃるかな?
つまり、ミスターシービーが3歳の年からグレード制が導入されて、競馬の体系が大きく整備される第一歩を踏み出した、というわけなのです。菊花賞で見ると、ミスターシービーの前年、ホリスキーの年が大きなターニングポイント。
で、菊花賞の何が変わったのかというと、「菊花賞を迎えるまでのレースキャリア」なんです。
過去50年(1959年までさかのぼる)の菊花賞の中で、1959年~1981年までの23年間は、菊花賞馬の平均レースキャリアは13.0戦という大きな数字。
この期間中、最も少ないキャリアで菊花賞を制したのが、1976年のグリーングラスでした。この馬は、キャリア9戦(つまりデビュー以来10戦目)にして菊花賞を制しています。これがこの23年間の最小キャリアで、ほかの菊花賞馬は全馬、菊花賞までに10戦以上を消化しています。
一方、ホリスキーが勝った1982年から、昨年2008年までの27年間で、菊花賞前に10戦以上消化していたのは、わずかに6頭。この27年間、菊花賞までの平均出走レース数は、8.3レースで、それまでと比べて、激減しているのが見て取れます。
だからどうした・・・、という話なんですけどね(^^;
実はこれ、菊花賞を制した馬の「複勝率」を調べていて気付いたことなんです。
複勝率とは、たとえば8回走って、3着以内が4回なら、複勝率50%、という計算です。
で、菊花賞を勝った馬の複勝率(菊花賞を迎えるまで)は、ホリスキーの年から2008年まで、一頭の例外もなく、50%以上。
菊花賞前の連対率が31%でしかなかったヒシミラクルでさえ、複勝率は50%で、この馬が菊花賞馬の(レースを迎える前の)複勝率としては最低なわけです。
しかし、ホリスキーの前年のミナガワマンナの年から、一気に複勝率がガタ落ちになってくるんですよね。どうしてなんだろう、と思って戦歴を調べてみると、単純な話で、「今の常識からみると、無駄にレースを使いすぎ」で、負けてるケースが多いんです。
さてそれで一気に結論へなだれ込みます。
菊花賞を迎えるまでの出走レース数が、平均8.3レースと少なくなった今、「複勝率50%以上」が、菊花賞馬になるための条件。出走レース数が少ないのに、複勝率5割を切るほどロコロ負ける馬は、菊花賞を勝てない、ということです。
これは、菊花賞が変わったホリスキーの年から昨年まで、不変の事実です。
ここで、これまでの通算複勝率が46%と5割を切るセイクリッドバレーが御退場となります。
最終的に、菊花賞の単勝候補は、2頭となりました。
■ナカヤマフェスタ
■ヤマニンウイスカー
うん、これはなかなか満足いく仕上がりじゃないでしょうか。
ワタクシは2頭、単勝買ってみます(^^)
現在までの、菊花賞単勝候補
■セイクリッドバレー
■ナカヤマフェスタ
■ヤマニンウイスカー
さてそれで、どうしてももう一頭、絞りたいわけです。この3頭の単勝を買うのも悪くはないんだけど、せめて、金額配分を5:4:1ぐらいにできる程度には絞りたい。
んで、過去50年の菊花賞を調べてみて、なかなか面白い事実に気付きました。
それは、「1982年ホリスキーが勝った年をきっかけに、菊花賞ががらりと変わった」ということなのです。
いや、菊花賞が変わったというより、競馬そのものが変わったんですね。その年ぐらいから。
ホリスキーの翌年は、ミスターシービーの年。
こういうと、オールドファンの中には「ははあ確かに」と思われる方がいらっしゃるかな?
つまり、ミスターシービーが3歳の年からグレード制が導入されて、競馬の体系が大きく整備される第一歩を踏み出した、というわけなのです。菊花賞で見ると、ミスターシービーの前年、ホリスキーの年が大きなターニングポイント。
で、菊花賞の何が変わったのかというと、「菊花賞を迎えるまでのレースキャリア」なんです。
過去50年(1959年までさかのぼる)の菊花賞の中で、1959年~1981年までの23年間は、菊花賞馬の平均レースキャリアは13.0戦という大きな数字。
この期間中、最も少ないキャリアで菊花賞を制したのが、1976年のグリーングラスでした。この馬は、キャリア9戦(つまりデビュー以来10戦目)にして菊花賞を制しています。これがこの23年間の最小キャリアで、ほかの菊花賞馬は全馬、菊花賞までに10戦以上を消化しています。
一方、ホリスキーが勝った1982年から、昨年2008年までの27年間で、菊花賞前に10戦以上消化していたのは、わずかに6頭。この27年間、菊花賞までの平均出走レース数は、8.3レースで、それまでと比べて、激減しているのが見て取れます。
だからどうした・・・、という話なんですけどね(^^;
実はこれ、菊花賞を制した馬の「複勝率」を調べていて気付いたことなんです。
複勝率とは、たとえば8回走って、3着以内が4回なら、複勝率50%、という計算です。
で、菊花賞を勝った馬の複勝率(菊花賞を迎えるまで)は、ホリスキーの年から2008年まで、一頭の例外もなく、50%以上。
菊花賞前の連対率が31%でしかなかったヒシミラクルでさえ、複勝率は50%で、この馬が菊花賞馬の(レースを迎える前の)複勝率としては最低なわけです。
しかし、ホリスキーの前年のミナガワマンナの年から、一気に複勝率がガタ落ちになってくるんですよね。どうしてなんだろう、と思って戦歴を調べてみると、単純な話で、「今の常識からみると、無駄にレースを使いすぎ」で、負けてるケースが多いんです。
さてそれで一気に結論へなだれ込みます。
菊花賞を迎えるまでの出走レース数が、平均8.3レースと少なくなった今、「複勝率50%以上」が、菊花賞馬になるための条件。出走レース数が少ないのに、複勝率5割を切るほどロコロ負ける馬は、菊花賞を勝てない、ということです。
これは、菊花賞が変わったホリスキーの年から昨年まで、不変の事実です。
ここで、これまでの通算複勝率が46%と5割を切るセイクリッドバレーが御退場となります。
最終的に、菊花賞の単勝候補は、2頭となりました。
■ナカヤマフェスタ
■ヤマニンウイスカー
うん、これはなかなか満足いく仕上がりじゃないでしょうか。
ワタクシは2頭、単勝買ってみます(^^)
日時: 2009年10月23日 19:36
カテゴリー: 菊花賞
