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2007年10月18日

ホクトスルタン【blandford】

メジロ牧場の悲願「天皇賞制覇」を継承できる器に育つかどうか、この馬の走りは今回かなり注目だと思っています。
多くの方がご存知のとおり、父メジロマックイーンまでは、3代連続で天皇賞を制覇している馬たち。
メジロマックイーン産駒から天皇賞馬が出れば、おそらく世界の競馬史の中でもほとんど類を見ないと思われる、「4代連続の、同一ビッグレース制覇」という快挙が達成されるんですが、マックイーンも高齢化してきた今、もしかするとこのホクトスルタンあたりが最後のチャンスかもしれない、という気もします。

※メジロマックイーンは2006年4月3日、繋養先の社台スタリオンステーション荻伏で、心不全のため死亡しています。記憶違いで申し訳ありません。掲示板でご指摘くださったはーつくらいさま、どうもありがとうございました。

いちおう、この馬の父のラインが、いつの天皇賞を制覇したのか、まとめておきましょう。

 ○父    メジロマックイーン(1991年・春、1992年・春を2連覇)
 ○祖父   メジロティターン(1982年・秋)
 ○曽祖父  メジロアサマ(1970年・秋)

メジロティターン、メジロアサマの2頭は、まだ秋の天皇賞が府中の3200mで行なわれていた時代の勝者です。したがって、親子3代にわたって、3200mの天皇賞を勝っている、日本の血統史の至宝のようなサイアーラインなのです。

よく知られているとおり、メジロアサマは受胎率が極端に悪くて、ほとんど種牡馬失格寸前だったんですが、メジロ牧場の先代オーナーが鶴の一声で「いいからアサマで天皇賞馬をつくる!」というチャレンジを続けることに。
その信念と執念が実って、メジロティターンが秋の天皇賞をぶっちぎって2代連続制覇を実現したわけです。これはオーナーブリーダーならではの、贅沢なチャレンジですよね。
メジロティターンも産駒数はそう多くなかったんですが、今考えると、よくメジロティターンからメジロマックイーンみたいな超強い牡馬が出てきたもんだなあ、と感心させられます。
メジロマックイーンは、菊花賞の勝利から超一流馬へと脱皮していった馬で、今では信じられないほどですが、菊花賞当時の人気は4番人気というものでした。
まあ、この時点では、北海道で500万下と900万下を連勝して、菊花賞直前の嵐山S(京都芝3000、準オープン)を2着しただけの戦歴で、菊花賞が重賞初挑戦だったわけですから、無理もないですよね。

ホクトスルタンも、北海道で1000万下を勝ってきた馬。
重賞初挑戦ではありませんが、父・マックイーンが歩んだ道に、似てなくもないというわけです。

僕はメジロドーベルが活躍した頃にメジロ牧場を取材させてもらったことがあるんですが、そのときはもうすでに、「メジロアサマの仔で天皇賞を取れ!」と号令をかけた先代のオーナーは故人でしたし、内部の体制や考え方も若干変わってきていて、「自家生産馬を自家牧場で種牡馬に」という発想には、こだわっておられなかったのを覚えています。時代もだいぶん変わってましたしね。
メジロマックイーンは社台のスタリオンステーションでたしか種牡馬になったんですが、やはり古くからのメジロファンとしては、自分の牧場のプライベート種牡馬として、執念を次の世代へと受け渡していってほしかったなあ、とも思います。
ただこれは牧場経営のことを何も考えていない、ただの競馬ロマン的な発想ですし、当時のことを考えると、まあ現実的にはそうしたプライベート種牡馬というのは、ムリだったんだろうなあ、というのも理解できるんですけどね。

馬主さんはメジロ牧場さんではありませんが、メジロ牧場代々に受け継がれてきた血を背負って、ホクトスルタンは淀の3000を強気に逃げてみてもらいたいですね~!

できれば、来春の天皇賞で、この馬の出走をドキドキしながら見守ってみたい気もします^^


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日時: 2007年10月18日 00:32
カテゴリー: 菊花賞